終点間藤駅の先、消えた貨物駅に続く廃線を追う わたらせ渓谷鉄道の旅10

 

 
 
わたらせ渓谷鉄道、各駅を順に旅するの第10回。

前回の記事はコチラ

 
わたらせ渓谷鉄道の終点は間藤駅だが、この先も線路は続いている。
1914年(大正3年)に貨物用の駅として足尾本山(あしおほんざん)駅が開業し、1973年(昭和48年)に足尾銅山が閉山したのちも、貨物輸送路線として利用されていた。1987年(昭和62年)に足尾本山駅は休駅となり、その2年後の1989年(平成元年)、第三セクター鉄道転換によりわたらせ渓谷鉄道となり、同駅は廃駅となった。

線路の上を列車が走らなくなって30年と少し、平成が終わり令和となった今でも、この地には多くの鉄道遺構が残されている。今回のわたらせ渓谷鉄道の旅の大きな目的の一つは、この廃線跡の今を訪ね歩くことだった。

長々書き連ねてきた、わたらせ渓谷鉄道の旅も、本記事を入れてあと2回。多くの写真中心の記事となりますが、どうぞお付き合いください。
 

間藤駅から廃線をたどる 

わたらせ渓谷鉄道の終点、間藤駅

 
間藤駅をでて、いったん間藤駅の裏、線路よりの場所に戻る。
下は、乗ってきた列車がまだホームにあるときの写真だ。

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線路は枯れ草に覆われている。鉄のレールはところどころ確認できるが、季節が進むとこのレールも緑のベールに覆われるのだろうか。

 
北上する線路に沿うように、県道250号が続いている。このまま歩いていけば、廃線がこの道を横切るはずだ。
予想通り・・と言っていいだろうか、足尾の町はひっそりとしており誰の姿も見当たらない。

下間藤
地図1 間藤駅から北上し、かつての足尾本山駅があった場所を目指す 薄い灰色線が廃線跡

 

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足尾北部の玄関口 下間藤

地図1の① 道沿いに立つ案内板

 
間藤駅を含めた周辺一帯が下間藤(しもまとう)地区だ。駅から200mほど北に足尾の歴史を物語る案内板が立っていた。
 

下間藤のバス停。JR日光駅行きのバスがある

 
古い警報器が見えてきた。ここが廃線と交差する、かつての踏切のあった場所に違いない。
 

地図1の②

 
道路上には何の痕跡もないが、多くの鉄道遺構が撤去されないまま残っている。

鯉のぼりの飾りが見える。時期的にはずいぶん早いがこの地方の慣習だろうか

 
進行方向の右手、間藤駅方向に続く廃線跡をのぞむ。
線路や枕木などが残されたままだ。

立入禁止なので、ルールを守ってこれ以上は立ち入らず

 
振り返り、進行方向の左手をみる。こちらは枯れ木に覆われることもなく、まるで現役の鉄道路線の様に、線路が先へ先へと続いている。

クリックで拡大  正面に見える切妻屋根の建物は1940年(昭和15年)建設の旧本山小学校講堂

 

関東最古の間藤水力発電所跡 上間藤

先ほどの踏切を境に、上間藤(かみまとう)地区になる。
左手方向をみると、踏切位置から奥に伸びていた赤いガーダー橋が目に入る。
その真下をくぐるようにコンクリートの橋があるが、立ち入りができないよう鉄の門が閉められている。

クリックで拡大   鉄柵やガードレールはかなりさび付いており、年月の経過を感じさせる

 
中には入れないが、とりあえず鉄柵まで近寄ってみる。柵の隙間から撮影した写真が冒頭の1枚だ。何気に、頭上のガーダー橋がとても低い位置に設置されていることがおわかりいただけるだろうか。正確に測ったわけではないが、2mは絶対にない高さだ。
このコンクリートの橋の先には今は閉校となった本山(ほんざん)小学校があり、この橋は通学路にもなっていたとも聞くが、小学生ならなんとか頭をぶつけずに通れそうだ。
コンクリート橋よりも鉄道のガーダー橋が後から作られているので、このルートを通さざるを得なかった当時の関係者の苦労が、少しわかるような気がした。
 

クリックで拡大  本山小学校講堂(左)の右隣の白い建物が本山小学校(閉校)

 
間藤駅より北に約1kmのところに、かつての間藤水力発電所の跡が残されている。
明治23年に運用を開始した、関東地方で最も古い水力発電所の1つだ。

地図1の③ 間藤水力発電所跡の案内板

 
残念ながら、施設のほとんどは残されておらず、跡地には大きな水圧鉄管が1つ横たわるのみ。かつては、この鉄管がいくつもつながって上部にある水槽とつながっていた。

直径1mの水圧鉄管

 
鉄管のある場所から道路をはさんで反対側に小さな展望台がある。

かつての本山小学校の写真。右端にある切妻屋根の建物が今も残る講堂だ

 
展望台から松木川をのぞきこむと、川床に煉瓦のかたまりが見える。この時、私はこの煉瓦が何かは知らなかったが、存在感が半端なくとりあえず写真を撮っておいた。
あとから調べると、木造の水力発電所関連設備があった場所で、この煉瓦はその木造建造物の基礎部分とのことだ。川の水にさらされながら、よくぞ残っていたものだと感心する。

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当時の間藤水力発電所と関連設備   古賀鉱業 創業100年史より

足尾本山駅はまだ遠い
次の最終回につづく

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