八ッ場ダム ついに始動!深緑水を湛える八ッ場あがつま湖

1952年(昭和27年)に計画が発表された八ッ場ダム(群馬県長野原町)が、多くの紆余曲折を経て、ついに2020年3月31日に完成の日を迎えた。
詳しくは、JBpressに寄稿した下の拙記事をご覧いただければと思う。

中止?建設?翻弄された八ッ場ダム、ひっそりと完成
写真で見る「失ったもの」と「残ったもの」

ここでは、JBpressの記事には載せきれなかった小ネタについて少し書き足したい。

 
下の八ッ場ダムの写真はおよそ2か月前のもので、まだダム最上部には青いネットのようなものがかけられている。
 
ダム本体の下方にある四角い穴は水位を維持するための取水口で、湖面の下にも2つある。上部にある非常用洪水吐設備(クレストゲート)は、一般的に洪水時の放流などに利用されるものだ。クレストゲートの左側にある選択取水設備は、任意の水位から水を取り込むことができる。
 
ダム本体の左岸にある建物が管理棟で、以前右岸にあった広報スペースの「なるほど!やんば資料館」が移設されることになっている。

八ッ場ダム 2020年1月16日撮影

個人的興味として、この管理棟からダムに向かって伸びている長い長い階段がとても気になる。
管理用だろうか。一般の見学も許可されるなら、是非行ってみたいところである。

降りるのはともかく、上っていくのはかなり大変かもしれない

  

八ッ場ダムの上流側にできたこの人造湖、名称を公募していた。全国各地から寄せられた応募約1000件から選ばれ、名称は「八ッ場あがつま湖」に決定した。

ちなみに、この八ッ場あがつま湖の色、なんともニュアンスのある緑色だが、この色には理由がある。

その昔、吾妻川は酸性度が極めて強く、魚が住めない川だった。草津白根山や草津温泉の源泉が流れ込むためで、「死の川」などという有難くない別名もあったほどだ。魚が住めないだけでなく、コンクリートなどの構造物もぼろぼろにしてしまうため、1960年前後に、水質を中和するための工場が作られた。
1965年には、中和を促進するための品木ダムが建設された。 石灰乳液が投入された川が品木ダムに流れ込み、中和の過程でできた生成物がダム湖の底に沈む。品木ダムの人造湖、上州湯の湖(じょうしゅうゆのこ)が光の具合によってエメラルドグリーンに見えるのは、この沈殿物のためだ。

品木ダムから流れ出た水は白砂川を流れ、吾妻側と合流し10kmほど南にある八ッ場あがつま湖に流れ込む。 上州湯の湖ほどではないが、湖面の色が独特なのは、こうした理由からなのだ。

新型コロナウイルスが無事に収束したなら 、ぜひ品木ダムを訪れてみたい。そんな日が、早く来ることを願うばかりである。

 
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