映画アンストッパブル 暴走貨物が駆け抜けた100年橋梁

 
 
 

 

前回、映画に登場したアメリカの古い高架橋の話を書いた。今回はその続き、オハイオ川に架かる鉄道橋の話である。

 

 
 
 

★スポンサーリンク

西に延伸する要所だった旧ベンウッドブリッジ

1876年頃のボルチモア・オハイオ鉄道路線図  ☆クリックで拡大
赤丸:ボルチモア 緑丸:シカゴ 青丸:パーカーズバーグ 黄丸:ベレア

 
 

冒頭に掲げた古い地図は、1876年頃のボルチモア・オハイオ鉄道の路線図だ。ボルチモア・オハイオ鉄道の社長ジョン・ギャレットは、起点のボルチモア(上図赤丸)から中核都市であった西のシカゴ(上図緑丸)への延伸を考えていた。

1860年代半ばから後半にかけて、中央オハイオ鉄道やサンダスキー、マンスフィールド、ニューアーク鉄道などを取り込んでいく中、シカゴへのルートの決め手として、オハイオ川を越えるための橋を架ける必要があった。

ボルチモア・オハイオ鉄道のオハイオ川の最初の橋は、ウエストバージニア州のパーカーズバーグ(上図青丸)に架けられたが、よりスムーズなルート確立のため、1860年代後半から、ベレアとベンウッドをを結ぶ現在のベンウッドブリッジ建設が検討された。

最終的にベレアとベンウッドをつなぐ橋は1871年に完成した。これが初代の旧ベンウッドブリッジである。

ちなみに橋を建設したことで、ベレアとベンウッドの間で何十年にもわたりフェリーを運航していた会社から通行差し止めの裁判が起こされたが、最終的には米国最高裁判所で差し止め命令が解除されたといういきさつがある。

 

 

スポンサーリンク

新旧2つのベンウッドブリッジ

ベンウッドブリッジの新旧の橋梁設計図  ☆クリックで拡大

1871年に竣工した旧ベンウッドブリッジに関しては、残念ながらその姿をはっきりと確認できる写真は入手できなかった。

旧ベンウッドブリッジは、1905年に現在のベンウッドブリッジに架け替えられているのだが、そのときの新旧の設計図が残されている(上図)。新旧の対比ができるように橋の構造が並べて書かれているが、橋が長いため上下段に分かれている。上段の左端がベンウッド側、下段の右端がベレア側だ。

設計図を見ると、中央の6つのトラスのうち、旧ベンウッドブリッジでは下路式は2つだが、新ベンウッドブリッジではすべて下路式に変更になっていることがわかる。

また、不鮮明ではあるが、新ベンウッドブリッジの建設中の写真が残されている(下写真)。よく見ると、手前にある新ベンウッドブリッジの向こうに旧橋のトラス構造が見える。専門家ではないのでどういった段取りで新旧の橋を架け替えたのかはわからないが、100年以上前の当時の様子が垣間見える非常に貴重な1枚だ。

Construction Photo The Bridgemen's Magazine

 
 
 

★スポンサーリンク

大きなトラスが目印のベンウッドブリッジ

 

ここで、現在のベンウッドブリッジの構造を確認しておこう。上の絵葉書なのかはっきりしないが、実際のモノクロ写真に彩色したものに、横から見た橋の様子が確認できる。

下の航空写真は俯瞰での角度だが川面にトラスの影がはっきりと映っており、上の写真がおおよそどこで撮影されたか想像できるだろう。 

ベンウッドブリッジ  ☆クリックで拡大   Google Map 航空写真より

英文になるが、橋の簡単な情報は以下の通り。

◆Design
Main spans: Six Parker through trusses
Ohio (west) approach: 43 stone arches
◆Dimensions
Length of largest span: 347.9 ft.
Total length: 1,435.5 ft.

ベンウッドブリッジは、6つのパーカートラスが連なる構成で、1つだけが少し大きいのが特徴だ。この特徴を踏まえ、橋のどちら側から撮影しているかは、大きいトラスが端から数えて3つ目なのか4つ目なのかで判別することができる。

例えば、下の写真は手前から4つ目に大きなトラスがあるので、手前側がベンウッド、対岸がベレア側とわかる。
 

☆クリックで拡大  License:William E. Barrett, Public domain, via Wikimedia Commons

 
 

また下の写真は、ベレア側から撮影したものだ。2代目とはいえ、100年以上経過している橋脚は風格が漂う。向かって左側が上流にあたるが、橋脚の下部にある傾斜したでっぱりは流れてくる氷などを砕くためのものだ。
 

 
 

 

ベレア側にあるグレートストーン高架橋の近くには、この古い歴史的構造物を称える案内板が立っている。

高架橋の近くにある案内板 C Hanchey,  License: Creative Commons Attribution-NonCommercial (CC BY-NC)



 

この案内板には次のような一文がある。

This Ohio River crossing became known as the "Great Shortline to the West."

 
南北戦争終結後のまだアメリカにおける鉄道黎明期の時代、鉄道橋架設による新路線開通で、アメリカ国内における東西の輸送力が大きく向上した。それゆえの、西への「Great Shortline」と呼ばれたのだ。

 

スポンサーリンク

Twitterでフォローしよう

おすすめの記事