のこぎり屋根のレンガ工場を訪ねて

 
 

 

 

冒頭の写真、のこぎり屋根が印象的なレンガ造りの建物は、栃木県足利市にある(株)トチセンの捺染(なっせん)工場だ。現在、トチセンの事業の中心は化成品フィルムの染色や特殊表面処理加工だが、その前身は足利織物(株)である。織物産業が盛んだった1914年(大正3年)に創業し、捺染工場などの関連施設がこの地に建てられた。

捺染とは、色糊(専用の糊に染料を溶かしたもの)で布に模様を染め出す技法で、そのために必要な特徴ある建物が敷地内に点在しており、今も現役で使われているというから驚きである。

敷地の中には立ち入れないが、外側から見える範囲で、その貴重な赤レンガ産業遺産をご紹介する。

 
 

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外壁の迷彩柄が際立つ汽罐

地図A 

 
(株)トチセンは、東武伊勢崎線「福居駅」のすぐ西側、四方を道路に囲まれた一画にある。

まずは、敷地の西側の角の道路から探索を始めよう。

地図Aの緑線と黄線が交差する場所。右手に人目を引くレンガの建物がみえる

 

 
地図Aの黄線沿いには、幾何学的な模様のレンガ造りの建物がある。これが、汽罐(きかん)室だ。汽罐とはボイラーのことで、建物内にはボイラーが設置されている。その中には創業期と同型の石炭を燃料とするランカシャボイラーもあるとのこと。

 

塀の一部が欠け、中のレンガ塀がちらりと見える

 

 
古い煉瓦の建物に、こうした模様が施されているのを初めてみたが、これは終戦直前に空襲を避けるためのカモフラージュということだ。

赤い鉄の扉の向こうをのぞきこみたい衝動に駆られたが、私有地でありそこはぐっと我慢。

アート感のある迷彩柄

 


赤いシェードの照明がとても似合う。
 

横から見ると、建物正面の顔となるレンガの奥行きがあまりないことがわかる

 
 

下の写真は西側にある塀の終端部分。おそらく後から補強した材が剥がれ落ち、当時のレンガが露出している。厚さは30cmほどだろうか。青い波板は近年に設置されたものだろう。
 

 
 

トチセンの敷地の南側には、レンガをベースにした高い塀が続く。
 

 
壁の高さは高く、圧倒的な存在感がある。が、何しろ年代物であるし、地震などもある。崩れてきてしまわないか心配ではある。(見えない部分で何か補強などされているのかもしれないが)
 

昔はレンガ一色の壁だったのかもしれない

 

 

 

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赤レンガサラン工場

こちらの塀もところどころ剥がれ落ち、中のレンガが見えている

 

敷地の北西は、長い塀が続いている(地図Aの緑線)。しばらく歩き続けると、やがて東武伊勢崎線の踏切が見えてくる。踏切を渡らずに、右折して線路に沿った道を歩いて行く。
 

踏切の手前、右手には墓地がある

 

 

角を曲がるとすぐ、波板の建物が見える。

地図Aのオレンジ線沿いの道から見える建物

 
 

予想よりはるかに存在感のある赤レンガサラン工場が目の前に現れた。写真では少ししか見えないが、屋根の上には半円のドーマー窓がついている。
 

左手には東武伊勢崎線の線路があり、すぐ前方に福居駅がある

 

建物の下部に照明装置が設置されている。ネットにある写真をみると、ライトアップされることもあるようだ。こちらの建物は黒い迷彩柄があまり残っていない。電車からもよく見える場所に位置しているので、消されたのだろう。
 

 

 

 

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のこぎり屋根の捺染工場

トチセンの正面玄関(地図Aの赤矢印)

 

トチセンの正面玄関までやってきた。右手にある白い門柱には、撮影のために無断で立ち入らないよう注意書きが掲示されている。ルールを守って敷地外から静かに鑑賞したい。

 

左側の門柱脇にあった看板。年代物のボイラーの写真も掲載されている

  

 

正面玄関から見えるのこぎり屋根の建物、とにかく一度見たら忘れられないほどのインパクトがある。この形は、子供の頃に習った地図記号の工場の形である。それだからか、初めて見るのにとても懐かしい。さらにレンガ造りなのだから、懐かしさも100倍増だ(この感覚は私だけかもしれない 笑)。

中央に頂点がくる三角ではなく、直角三角形のような形をしているのには理由がある。まずこうした工場は、垂直に立ち上がっている側面は北側、斜辺になっている側面は南側であることが多い。そして、直射日光が直接南側から差し込まず、しかし十分な採光がとれるように北側前面に窓を作っている。

直射日光を嫌い、安定した光量を必要とする織物工場などに、昔はよく見られた構造なのだ。織物工場の多い、群馬県の桐生市などにも、近代遺産として同構造の建物が多く残されている。

 

外壁に見られる付柱(緑矢印)と軒蛇腹(オレンジ矢印)

トチセンの捺染工場はレンガ造りであるが、それ故の特徴的な作りが見られる。例えば、外壁に柱のように見える付柱(つけばしら)や、出入り口などの上部に走る横材など、意匠的な美しさも加えられている。

  

 

またもう一つ注目したいのが、のこぎり屋根の軒の部分。細かく段がついているのがおわかりいただけるだろうか。これは軒蛇腹(のきじゃばら)と呼ばれるものだ。

最初はデザイン的な飾りだと思っていた。ところが、調べてみると単なる飾りではないようなのだ。

「建築をめぐる話・・・つくることの原点を考える」(下山眞司氏)で書かれていた「「形」の謂れ(いわれ)-1・・・・軒蛇腹」という記事を拝見すると、雪の多く降る地方では、この軒蛇腹が深くなるらしい。垂れ下がってくる雪の被害を軽減するために、外壁との距離をあける役目があるようなのだ。

例えばトチセンの捺染工場と同じく、群馬県安中市にある丸山変電所の軒蛇腹は奥行きがない。この地はそれほど多くの雪が降らないからだ。
 

軒蛇腹(オレンジ矢印)は3段ほどだ

 

 
一方、それなりの雪が降ることで知られている会津地方。会津はレンガの町としても有名だが、下の写真は福島県喜多方市にあるレンガ造りの蔵である。軒蛇腹の段数が相当数あることがみてわかる。

一見ただの飾りにみえるようなものでも、実は必然的な理由がある場合があるというのは、興味深い。

 

三津谷集落の煉瓦蔵群(若菜家)  Google ストリートビューより

 

 

トチセンの建物のレンガには、「上敷免(じょうしきめん)製」の刻印がある。これは、現在の埼玉県深谷市上敷免にあった日本煉瓦製造で作られたレンガである。時の人でもある渋沢栄一が設立した日本煉瓦製造のレンガは、当時の日本の著名な建造物に多く使われており、イギリス積みという大正から昭和初期にかけて多く見られる積み方でトチセンのレンガ構造物も作られている。

足利市では年に1回程度、市内の文化財を一斉公開している。トチセンの敷地内もこの公開日に見学可能となったことがある。コロナ禍の今、今年はどうなるかまったく不透明ではあるが、見学可能となれば、ぜひに訪問させていただきたいと思う。

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