「日本一長い廊下」と呼ばれた徳島の美馬橋 その理由は

冒頭写真のlicense:Sunport1216, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons

 

 

「徳島県」と聞いて、何を思い浮かべるだろうか。伝統芸能の阿波踊りが有名だが、IT系の世界で長年生きてきた私には、日本語入力システムATOKを生み出したジャストシステムの本社があった場所、という印象が強い。

徳島県は、大小約500あまりの川が流れる水の都だ。特に、日本三大暴れ川の一つである「吉野川」には、川を越える幾多の奮闘物語とともに、多くの橋が架けられている。

冒頭の写真は、吉野川下流域に架かる美馬(みま)橋で、徳島県徳島市と香川県坂出市をつなぐ国道438号の橋である。

 

 

美馬橋か架けられたのは、1958年(昭和33年)。完成する10年ほど前に起きた渡し船の事故をきっかけに、永久橋を望む機運が高まり建設された橋の一つだ。

 

 

中央部にある3連の下路式ランガートラスと、連続した上路式ワーレントラスで構成される9連の橋で、橋長は417.7m。1974年(昭和49年)には、上流側に歩道橋が設置されている。

地元にとっては悲願の永久橋だが、その恩恵を最も身近に感じたのは、徳島県立美馬商工高等学校だったかもしれない(現在は廃校)。

同校は、1956年(昭和31年)に美馬商業高校として開校。現在、美馬橋の左岸側にある徳島県立池田支援学校美馬分校(徳島県美馬市)のある場所に校舎が建てられた。

その2年後、美馬橋が架けられた同じ年に、工業過程が新たに併設された。この工業過程の校舎が、対岸の貞光町(現つるぎ町)におかれたことで、商業過程と工業過程の2つの校舎は、美馬橋でつながれることとなったのだ。

当時は、生徒や教師がよく行き来をしたということで、美馬橋を同校の「日本一長い廊下」と呼ぶ人もあったといわれている。

 

 

上のストリートビューは右岸側から美馬橋を撮影したものだ。左岸側の橋の終端の上部に見える白い団地のような建物の立つ場所が、商業過程の校舎があった場所だ。

 

美馬橋とともに歩んだ同校も、その後分離独立などを経て、2014年(平成26年)に統合され廃校となっている。

美馬橋は校内廊下としての役割は免除となったが、連続したワーレントラスとランガートラスの美しいアーチが、今も地元の重要な交通路として存在感を放っている。

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