鉄道をテーマにしたアメリカ映画を視聴していたら、とても気になるアーチ形の高架橋が映りこんだ。
2011年の年始に公開された「アンストッパブル」は、無人で暴走する貨物列車に立ち向かうベテラン機関士(デンゼル・ワシントン)と新米車掌(クリス・パイン)が活躍する話で、実話をベースにした作品として話題になった。物語の重要なシーンとして登場するのが、「スタントンの大曲り」という90度の急カーブだ。
スタントンの大曲りのシーンは、映画の序盤と終盤の2度登場する。
注目したいのは序盤のシーン。川に架かる鉄橋の手前、主人公2人が乗り込んだ機関車が、ゆっくりと急カーブを走行していく様子が遠景で映し出される。
機関車がカーブを曲がり切るあたりから、まっすぐに鉄橋に伸びる線路の下に、雰囲気のある高架橋が映りこんでくる。ごく短い時間なのだが、「この高架橋、相当古いし、ただものじゃないよね」というオーラがある。
この序盤シーンの後、別の場所で無人の貨物列車が暴走する。映画終盤では、先ほどとは反対側の方向から猛スピードで貨物列車がやってくる。「大曲りを曲がりきれずに脱線転覆すると大爆発」という手に汗握るクライマックスシーンへと突入していくのである。
この鉄橋も高架橋も、どこか実在する場所で撮影されたはずだ。
橋へのアプローチとなる石造りの高架橋が何者なのか、早速調べてみることにした。
ロケ地はアメリカ東部
映画に登場するスタントンというのは架空の町だが、ロケ地はオハイオ州とウエストバージニア州の境界に実在している。
上の地図をズームインしてスタントンの大曲りが撮影された場所を拡大表示したものが下の地図だ。南北に流れるオハイオ川に沿って、左側にオハイオ州のベレア(下の地図赤枠)、右側にウエストバージニア州のベンウッド(緑枠)がある。この2つの町に架かる橋が、通称「ベンウッドブリッジ」と呼ばれる鉄橋で、スタントンの大曲りの舞台となった場所である。(橋の呼び名は他にもあるが、ここではベンウッドブリッジと呼ぶことにする)
おおまかな位置を確認したところで、さらにズームインして、航空写真に切り替えてみる(下図)。
映画に登場するスタントンの大曲りは、下図の黄矢印のすぐ下にある。映画の序盤では、ベレア側から黄矢印の方向に機関車はゆっくりと曲がり、ベンウッドブリッジを渡っていく。
ここでもう一度、冒頭で紹介した映画のシーンをみてみよう(下図)。これは、上図の赤矢印方向から遠景で撮影している。
そして次の写真が、ほぼ同じ角度から撮影した実際の町の写真だ。若干の遠近感の違いはあるが、同じ場所であることがおわかりいただけるだろう。この場所での撮影は2009年11月9日から14日まで行われたということだ。
映画アンストッパブルの監督トニー・スコットは、リアリティを重視して危険なシーンでもCGを使わず撮影をしたと言われているが、大きなカーブの外側にある化学工場のタンクのようなものは実際に存在しない。こうして見比べてみるとCG処理された個所などがわかって、それもまた面白い。
歴史を刻む「グレートストーン高架橋」
この場所についてあれこれ調べていると「B&O Railroad Viaduct」というワードが頻繁にヒットする。「B&O Railroad」はボルチモア・オハイオ鉄道、「Viaduct」は高架橋の意味だ。どうやらこれが、気になっていたあの石造りの高架橋の名前らしい。
ベンウッドブリッジもそうなのだが、橋にもいくつかの呼び名があるように、この高架橋にも「グレートストーン高架橋」など複数の呼び名がある。
【地図A】オハイオ州 ベレア 地図内の番号は本文で解説
日本から遠く離れたアメリカであっても、Googleストリートビューである程度の様子がわかる。まずはベレア側にある道路から、ベンウッドブリッジと高架橋を眺めたのが下の画像だ。
左手にベンウッドブリッジがあり、そのまま右手にある高架橋とつながっている。
もう少し高架橋に近づいてみる。
今度は高架橋の南側から、さらに近づいて高架橋を見上げてみる。
ここまで近寄ると、アーチに沿うように小さな石、リングストーンが並んでいることがわかる。このリングストーンは、日本でもめがね橋のアーチ部分を構成する石として、輪石(わいし)・アーチ石・拱環石(きょうかんせき)・リング石など色々な呼び方がある。
下の写真は高架橋を正面から写したものだ。グレートストーン高架橋に連なる43のアーチは、それそれが中央にキーストーン(かなめ石)を配置し左右に18個のリングストーンを連ねた構造で、全部で37個の石が使われている。
リングストーンのちょうど真ん中にある石はキーストーンと呼ばれ、特別な装飾が施されている。ストリートビューでははっきりと確認できなかったが、下の写真では紋章のような飾りに1870という数字を確認できる。
グレートストーン高架橋は1870年に着工しており、その開始年がキーストーンに刻まれたということだろう。
また、このリングストーンの数自体にも意味がある。南北戦争(1861年~1865年)終結後の当時、37の州で構成されていた統一連合を象徴した数字なのだ。
さてここで、もう一度ベレア側の線路をみてみよう。さきほど紹介した高架橋は、ベンウッドブリッジからまっすぐに伸びている部分だ(下の写真)。写真の手前で線路が左右に分岐している。左方向に分岐しているのが映画で使われたスタントンの大曲りで、線路の下は石造りの高架橋ではなくなっている。グレートストーン高架橋は右方向に分岐しているが、すでに線路が撤去されていることがわかる。
かつては中央オハイオ鉄道として存在していた路線だが、鉄道会社の繰り返される合併吸収の中、1983年に分岐した高架橋上の線路が撤去されたということだ。
グレートストーン高架橋は、幅が33フィート4インチ(約10.16m)、高さは高いところで20フィート(約6.1m)で43連の石造りのアーチが少しずつ低くなっていく。
ベレアのローズヒルに到達した高架橋、線路が敷かれていたであろうその先は、生い茂る草木の中に消えている。少なくともストリートビューでは、もうその廃線跡を追うことはできない。
グレートストーン高架橋およびベンウッドブリッジが完成して、2021年の今年でちょうど150年となる。
アメリカの鉄道史の貴重な証人でもある、高架橋は今も静かにその場所に佇んでいる。
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