【佐渡の土木旅#1】佐渡鉱山専用だった大間港 今も残る異空間【世界遺産】

 

 

 

船酔いの限界を超える一歩手前で、なんとか佐渡島の両津港にジェットフォイルは到着した。

 

時速は80km。座席にいるとあまりその速さは感じない。酔っちゃったしな

 

レンタカーで島を横断

 

両津港のすぐ近くでレンタカーを借りる。そこから島を横断して大間港のある西に向かうのだが、まずはドラッグストアに立ち寄り酔い止めを買う。帰りのフェリーは2時間半の乗船なので、備えなくてはならない。

計画時にお昼ご飯はどうしようか?という話になり、「佐渡と言えば回転寿司でしょう!」ってなことで、候補の回転寿司店を2軒ピックアップしておいた。

 

 

ついさっきまで船酔いしてたのに、もう頭の中は寿司ネタのことしかない。わくわくして寿司店の広い駐車場に入ると、まだ11時20分ぐらいなのに店の入口からすでに人があふれている。2軒目も同様だった。

最低でも30分以上待つことになりそうで、今回の旅はスケジュールがタイトなのでひじょーに残念ながら寿司は見送ることにした。

そんなことも想定して、編集さんが地元で評判の人気パン屋さんをリサーチしておいてくれた。そこでお総菜パンを買い、隣のコンビニでコーヒーを買って車の中でお昼ご飯。これはこれで、悪くない。

 

レンタカーはトヨタのパッソ 2023年9月で生産終了なんだね

 

オリジナルハンバーガー うまし

 

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大間港の入口を見落とすな

 

佐渡島を東から西へ横断し、県道45号を北上してすぐ左手に大間港への入口がある。上のストリートビューでは蛍光色のささやかな看板がでているが(2019年に撮影されたもの)、私たちが訪問時に同じものがあったかどうか全く覚えていない。

大間港の場所は事前に把握していたものの、どこかなどこかなと注意深く探さないと左折する場所に気が付かなかった。

 

左折するとすぐ目の前に、門番のような2本の門柱が私たちを出迎えてくれた。

 

写真に写っているのとは別に、右方向にもう1つの門柱のようなものがあった

 

現地にあった地図(南が上)で説明すると、赤矢印の先端からの眺めが、上の画像である。誰一人いない、すでに役目を終えた古い港の遺構が、そこにあった。

 

大間港周辺図 佐渡市提供の現地案内看板より

  

赤錆びたトラス橋と

 

さらに港に近づくと、小さな入り江の狭まった場所に架けられたトラス橋が目に入る。この橋の下に待機した小舟に、橋の上から鉱石などの運搬物を落とし込んだらしい。

 

さてこの光景、なぜだかゴッホの「アルルの跳ね橋」を思い出す。橋の構造も何もかも違うのだけれど、どこか同じ香りがする。この絵が描かれたのが1888年、大間港の建設が始まったのが1887年(明治20年)なのはたまたまなのだろうが、どこかで何かがつながっているような不思議な感じだ。

 

The Langlois Bridge at Arles(1888年) ヴァルラフ・リヒャルツ美術館蔵

 

大間港は、明治時代に建造された人口の港だ。佐渡鉱山の金をはじめとした鉱石の搬出や、火力発電所の石炭搬入など重要な役割を担っていた。

 

次の写真、中央左手にある崩れた建物の一部は、かつての火力発電所の跡で、その右奥に小さく煉瓦倉庫が見えるがこれも当時のものである。

 

トラス橋の前から南方向を撮影

 

トラス橋のすぐ近くには、荷物の積み下ろしに使ったと思われる重機の一部が置かれていた。

 

 

 

 

謎の石積みオブジェ

コンクリートにツタが絡まる

 

トラス橋の右奥には、糸巻のような形をしたコンクリートの謎のオブジェがある。

縦長の窓のようなものがあり、中をのぞいてみた。

 

内部の上方向を撮影

  

下方向を撮影

 

見ての通り、内部は空洞で何もない。中空のコンクリートのかたまりだ。だが、裏側に回り込んでみると、がぜん雰囲気が変わる(次の写真)。

 

 

石積みの台座とコンクリートの二層構造のオブジェは、小さな塔のようにも見え、独特の雰囲気を醸し出している。

いったいこれは何なのだろうか。

 

次回に続く

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