栃木県の那須町に、美しい水路橋がある。地元住民の生活道路と田畑をまたぐように架かるこの橋の名前は、膳棚水路橋という。
1921年(大正10年)に完成した膳棚水路橋は、里山の風景になじみつつも、その計算された幾何学的造形美が見るものに強い印象を残す。
いつか訪れようと思いつつ中々タイミングがあわず、先日ようやく現地に行くことができた。「冬」の一歩手前ぐらいという絶妙なタイミングでもあった(何が絶妙かは後述)。
JR東北本線の黒磯駅から、南東に約8kmの場所に膳棚水路橋はある。周辺は田畑が広がる場所で、国道294号からも遠めに見ることができる。
国道から離れて細い道を北上していくと、X型の筋交いが入った三本足の橋脚が次第に近づいてきてテンションがあがる。
道路から橋桁までの高さは約4.5m。その上に高さ2.55mの水路がある。
水路橋の真下に入り、水が流れていく方向を見る。鉄筋コンクリートのラーメン構造が、美しい幾何学模様を描いている。
道路のすぐ横には、水路橋のデザインに沿うような土木遺産認定の碑がたてられていた。
土木遺産認定理由は、大正期のラーメン構造が希少であることに加え、水路側壁を三角バットレス群で支える特殊構造があげられている。この「三角バットレス」というのは、水路橋横断面図(下の図)における黄色く塗りつぶした部分のことを指す。
バットレスと聞けば群馬のバットレス式の丸沼ダムを思い出す。あちらはワッフルのような四角いバットレス構造で壁を支えるものだったが、こちらは水路側壁を三角形のバットレスで支えている。
水路がどんな様子になっているか、上方から確認してみる。
階段を上がっていく途中で、後方を振り返る。水路側壁に連続して並ぶ、三角バットレス群を間近に見ることができる。
階段を登りきると、水路橋全体の様子が見えてくる。
水路の全体像が見たいのだが、フェンスの横からでははっきりと確認できない。導水路の吐口上部(下の写真黄色矢印)に行けば、水路全体を見渡せそうだ。
導水路の上まで登れそうな階段はないかと探したが、さすがにそんなものはない。正面にある石積みの壁をよじ登ろうかとも思ったが、躊躇する。石積みの手前右側にある、枯葉の斜面をよじ登ってもいいが、きっと後で後悔する 笑(こんなのよじ登るの、造作もないって方はたくさんいらっしゃると思いますが)。
仕方ないので、迂回できないかと少し下がってみる。熊笹をかき分けていけば、なんとか進めそうだ。これ、冬じゃなければ茂みはもっと草木に覆われていて、進めなかったかもしれない。足元に何があるかわからないので、慎重に一歩一歩探りながら歩いていく。
熊笹の茂みを抜け、少し平らになっている場所まで到着。
さきほどの黄色矢印の場所に立つ。水路内の目盛りでは30cm弱の水位のように思えたが、水は滞りなく発電所のある方向に向かって流れていく。動画を撮影したので、ご覧いただきたい。
動画はこちら
黒川発電所は、水の落差で発電用タービンを回して発電をする。黒川取水堰と余笹川取水堰から取水し、約5.1kmの導水路を通り黒川発電所に水が送られるのだが、導水路はある程度の高さを維持する必要がある。
発電所から放水される水面標高は約184m、余笹川取水堰の標高は約217m。黒川発電所に通じる導水路の多くは山中を通るのだが、地表に出ているものも一部ある(下の地図、黄色丸内の白い線)。地表にある黄色丸内の水路は取水堰と標高があまりかわらないのだが、少し南下した那須稲沢地区は平地のため標高が下がる。膳棚水路橋近くの国道の標高は209mで、取水堰よりも8mほど低くなる。そのまま道路と同じ高さの水路にしてしまうと、水位の落差ロスが大きい。このため導水路の高さを維持した水路橋を造る必要があったのだ。
黒川発電所に近い側の水路橋の端はどうなっているだろうか。再び道路に戻り、そちらの方向を凝視してみたが、簡単に近づけそうもない。
地域インフラとしての重要な役目を果たしつつ、芸術的な意匠に作り手のプライドと心意気を感じる黒川発電所・膳棚水路橋。また季節を変えて訪問したい、そんな風に思わせる土木遺産である。
こちらの記事もどうぞ