到達:2024年1月
難易度:■□□□(入門)
都井岬灯台(といみさきとうだい、宮崎県串間市)は、おそらく宮崎県で一番南にある灯台だ。ちょっと交通的には不便なところだが、景観設計や見学環境などの点で、多くの人が「見にいってもいい」灯台だと思う。
この都井岬自体がなかなかの観光地なのだ。道路は整備されていて、運転は非常にラクだ。
一番の特徴は、御崎馬(岬馬、みさきうま)という野生の馬がいること。馬が出ないようにゲートがある。御崎馬保護のための協力金を払って中に入る。
都井岬一帯は、灯台と野生馬のほか、観光交流館、民宿、グランピング施設、キャンプ場、神社、ソテツ自生地など、いろいろある。ここに1泊するのも悪くないな。
クルマを走らせていると、たしかにいますよ、馬。
道路の脇にもいた。なので、クルマはあまりスピードを出さない方がいい。
馬のゲートから10分ぐらい走ると、都井岬灯台が見えてきた。
そして、だだっぴろい駐車場に到着した。灯台がよく見える。
岬の北東側も南西側も視界が開けている。のだが、このときはちょうど小雨が降り始めようとしていて、海はあまりきれいに見えなかった。
「灯台入口まで徒歩で約60歩」拍子抜けする近さだ。
そして入口に到着。売店は営業していない(単に休みなのかどうかはわからず)。
受付で燈光会への参観寄付金を払う。というのも、都井岬灯台は九州で唯一の「のぼれる灯台」なのだ。門柱にもりっぱな「都井岬燈台」の銘板が付いている。
そして門の中に入れば、はっとする光景が目の前に広がる。おお、これだけ堂々としたたたずまいの灯台にはなかなかお目にかかれない。
この場所自体が標高200m以上の高いところにあり、灯台はさらに高台に立っているので、長い灯塔は必要ないのだろう。でも、手前のまっすぐ伸びる階段のおかげで、高い灯塔であるようにも見える。いい景観設計だ。
空き地は退息所や倉庫などの建物があった場所と思われるが、かなり広い。気象情報の提供なども行っていたせいか、割と最近の2004(平成16)年まで職員が常駐していたという。多くの人手がかけられていた灯台だということがわかる。
では階段をのぼろう。
戸が開いていて、中に入れるのだが、建物の左に外部階段もあって、そっちを上がることもできる。
そこは屋上庭園になっていて、展望台もある。天候のせいで、景色は今ひとつだったが。
展望台から振り返ると、大型のレンズにあわせて大きくつくられた灯籠がよく見える。灯塔と踊り場は円形ではなく八角形だ。この部分が多角形なのは、鞍埼灯台の十二角形と並んでかなり珍しいと思う(というか、初めて見た。灯塔だけ多角形なのはほかに特牛灯台がそうだった)。
屋上庭園から直接灯塔の2階(?)部分に入ることができる。この展望庭園のつくりは、当初からあったようだ。ここにも工夫された設計がうかがえる。
その2階の入口から入り、らせん階段を一周もしないうちに、3階(?)の外の踊り場に出られる。踊り場から受付、売店、駐車場などを見下ろすと、下から見上げた印象に比べ、結構高い感じがする。灯塔だけでなく、高台の効果もあるからだ。
灯籠の内部では、直接レンズは見えないものの、レンズを回す機構(歯車やモーターなど)も間近に見られる。まあこれは、どこの「のぼれる灯台」もだいたいそうなのだが、“灯台クエスト”で「のぼれる灯台」を記事にするのは初めてだ(公開中止のところが2カ所あったのと、のぼったけど記事にしていないところが1カ所あるので)。
都井岬灯台の初点灯は1929(昭和4)年12月だが、昭和20年の空襲と昭和25年の台風で大きく破壊され、現在のものは1951(昭和26)年に修復された。灯塔だけは建設当時のものが残っているそうだ。
初点灯から95年、修復後からでも73年経っているが、都井岬灯台は設計の美しさが保たれている。
これで都井岬は終わりなのだが、あとで駐車場の案内板を撮った写真を見て驚いた。左上に「南灯台」というのがあるぞ(都井岬灯台は左下)。なんだこれは!?
調べたところ、都井岬ハラジロ瀬照射灯(慣用名が都井岬南灯台)という照射灯だった。
照射灯は簡素な形の建物であることが多い。例えば、これは出雲日御碕灯台の近くにある出雲日御碕サカグリ照射灯。
ところがネット上にある写真を見ると、都井岬ハラジロ瀬照射灯はちょっと古めの灯台の姿をしているのだ。夜になれば、灯台の形をした照射灯から海面に向かって強い光が投げかけられる。これはなかなか絵になるだろう。
普通の照射灯はわざわざ行かないのだが、この形だと知っていれば行ったのに…。現地で案内板をもっとよく見ればよかった。
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