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2019年の11月、南アルプスから駿河湾に流れ下る大井川の流域を、2泊3日で旅をした。
大井川には大小さまざまな多くの吊り橋がある。その中でも秘境感と夢のように美しい景観を併せ持つのが、寸又峡(すまたきょう)にある「夢の吊り橋」である。
まずは観光組合が作っている寸又峡のイラストマップをご覧いただきたい。
寸又峡の温泉街はこじんまりとしており、稼働している宿や店舗もそれほど多くない(2019年11月時点)。温泉街からは3つの散策ルートを楽しむことができるが、夢の吊り橋に通じているのは「寸又峡プロムナードコース」(紫の点線)である。
温泉街から山沿いの舗装路を歩き、「天子(てんし)トンネル」を抜け、およそ30分で夢の吊り橋に行くことができる。
実際の地図でみるとこんな感じだ(下図)。今回は、夢の吊り橋を渡り、反時計回りに周回して飛龍橋(ひりゅうきょう)を渡り元の道に戻ってくるルートで行く。
理由はあとでわかるが、実はこの反時計回りのルートは(体力的に)きつい。先に西にある飛龍橋を通る時計回りのルートのほうが幾分ましなのだが、観光の混みあう時期には夢の吊り橋が一方通行になる。このため、時計回りで一周するルートで戻ることができないので注意が必要だ。
寸又峡産業遺産の天子トンネル
まだあたりも薄暗い午前6時すぎに、前泊していた温泉郷の民宿をでる。ひとめぐり90分コースと考えると、民宿の朝ごはんにちょうど間に合う計算だ。
11月下旬なので早朝の時間帯はかなり冷え込む。何もそんな早い時間に行かなくても・・と思われるかもしれないが、混雑時期には吊り橋を渡るのに1~2時間待ちになることもあると聞く。この日がどのくらい混むのかわからないが、早朝なら確実に人は少ないだろう。前泊したのは混雑を極力避けるためだ。
山間から響く朝の目覚めのような鳴き声を耳にしつつ誰もいない道を歩いていると、かなり立派な木造りのトイレが見えてきた。
このあたりは、さすが観光地という感じ。逆に言えば、秘境感はちょっと薄れる。もちろん、トイレがあるのは大変ありがたいことなんだけど。
天子トンネルが前方に見えてくる。実は今歩いている道は、その昔に森林鉄道が通っていた廃線跡だ。
切り出した材木を積んだトロッコ列車が、目の前のトンネルをくぐり抜け今立っている場所を通って行ったのだと思うと感慨深い。
トンネルの入り口に近づいてみると、前方に人影がみえる。
時刻は6時19分。ざくざく人がいるのは嫌だが、誰もいないのもちょっと怖い。他に人がいると、ほっとする。
トンネルの維持管理・補修の専門の方がみると、一目で古いトンネルとわかるらしい。とりあえず、水浸しの足元に注意しつつトンネルの中を歩いて行く。
夢の吊り橋あらわる
天子トンネルを抜け、寸又峡温泉から歩いて約30分。乳青色の寸又川が目に飛び込んでくる。大間(おおま)ダムでせき止められたダム湖でもあるこの場所に、夢の吊り橋は架けられている。
夢の吊り橋への下り口に到着。ここから鉄製の階段を3階分ほど降りていく。
階段を下りると、緩やかな坂道が続き、ダム湖の美しい湖面が次第に近づいてくる。混雑時はこの道に長蛇の列ができるらしい。
夢の吊り橋、渡り口の正面にやってきた。吊り橋の長さは約90m、湖面からの高さは約8mほど。陽ざしの加減により独特の青とも緑とも言えない色に変化する湖面の色は、チンダル現象によるもの。わずかな微粒子が溶け込んだ透明度の高い水中で、波長の短い青い光のみが反射される物理化学現象だ。
人が歩ける板の幅は40cmほど。歩くには十分な幅だが、揺れる吊り橋に慣れていないとそれなりに怖い。
無事に渡り切って後ろを振り返る。そもそもは住民の生活道として架けられたこの吊り橋。一度に渡れるのは10人までである。橋の中央に人がすれ違えるような避難板があるが、できればすれ違いはしたくない。
早朝にでてきたにも関わらず、吊り橋では10人近くの人がいた。紅葉の見ごろはやや過ぎた頃とはいえ、日中にはもっと多くの人出があり、もしかすると吊り橋は一方通行になってしまったかもしれない。やはり早朝に訪問したのは正解だった。
304段の上り階段が待っていた
夢の吊り橋を渡り終えた。しかし、ここからが大変だ。飛龍橋に続く道は、ざっとみて50m以上は今の場所より上にある。そこまで延々と続く階段を上っていかなければならない。
階段を一気に上るのは、傾斜のある山道を歩くより比べものにならないぐらいキツイ。吊り橋は周辺の道路より低い場所にあるので、吊り橋を渡るにはどちらから渡るにしても階段を下りていかなければならない。実は、南側にある吊り橋への下り口から吊り橋までの高さ(約20m)より、これから上ろうとする北側の階段を上るほう(約50m)が高低差が大きい。最初の道より30mほど高い場所に出るが、飛龍橋を渡る反時計回りのルートはなだらかな下り坂で、30m低い夢の吊り橋への下り口まで戻ってくることになる。
事前に急峻な上り階段であることは知っていたが、実際に上ってみるとかなりきつい。鉄階段で足場が良いことが救いではあるが、それにしても・・である。
鍛えていない私は、とても一気には上れない。途中で立ち止まり小休憩、大間ダム方向を振り返る。ずいぶん上ってきたように思うが、先はあとどれくらだろうか。
まだ上り道半ばだが、ちょうどいまいる場所と同じくらいの高さに、夢の吊り橋への下り口が見える。時計回りルートのほうが、急峻な階段を長々下りることにはなるが、上り階段を(段数はわからないが)3階分ぐらい上るだけですむ。どちらが楽かは、その人次第ではあると思うが(下り階段がキツイという人もいるだろう)。
旅サイトのトリップアドバイザーで「死ぬまでに渡りたい!? 世界の徒歩吊り橋10選」の1つにランクインした寸又峡の夢の吊り橋。俯瞰でみても、その選出に異論なしと思える美しさだ。
上り階段の途中には、いくつかの休憩所があり、ベンチなども据えられている。無理をせず、ゆっくりと上っていこう。
やれやれどころまでくると、あと少し。まったくやれやれである。
最後の階段を上りきる直前、右手に小さな祠がある。どうもオツカレサマデシタ。
飛龍橋に向かう
飛龍橋に続く道路に立ち、山側を背にして今のぼってきた階段方向をみる。このまま左に行けば尾崎坂展望台、右に行けば飛龍橋だ。尾崎坂展望台の先は千頭(せんず)ダムにつながる林道が続いている。もんのすごーーく行きたいのだが、生半可な覚悟ではいけない場所なので泣く泣くあきらめる。
予定通り反時計回りのルートで歩いて行くと、飛龍橋が見えてくる。もともとは吊り橋だった飛龍橋だが、現在はアーチ橋に架け替えられている。夢の吊り橋よりも遥かに高い場所にある。
飛龍橋を渡る手前で道が分岐している。右に行けば寸又三山の一つ前黒法師岳の登山口である。案内板の横には登山カードを入れる箱が設置されている。
左に行けば、飛龍橋である。道路橋になる前は森林鉄道の鉄橋で、この橋の上を列車が通っていたのだ。
飛龍橋から夢の吊り橋がある方向を臨む。深い渓谷の山間に架かる高さ100m近い橋からの眺めは絶景だ。
飛龍橋を渡り、寸又峡温泉に戻る方向に歩いて行くと、前方に夢の吊り橋がみえてきた。時刻はちょうど午前7時、民宿を出発してから1時間が経過したところだ。
さあ、夢の吊り橋下り口の前を通過したら、再び天子トンネルを通り、民宿に帰ろう。
美味しい朝ごはんが待っている。
寸又峡へのアクセス
南アルプスの麓に位置する寸又峡へは、自家用車がなくても列車とバスを乗り継いで行くことができる。ただし列車もバスも本数が非常に少ないので、旅のプランは十分に計画する必要がある。寸又峡へのバスは大井川鉄道の千頭駅と奥泉駅から乗ることができる(2019年時点)。
ちなみに、下の3D地図をご覧いただければ、寸又峡の秘境感を少し感じていただけるだろうか。運転免許のない私が言っても説得力がないが、自家用車で運転していく場合もそれなりの覚悟が必要な場所のように思える。
実際に私がどのようにして寸又峡へ向かったか、最後にその話をして「夢の吊り橋」編を終わりにしたい。
今回の旅では初日に大井川鉄道井川線で長島ダムのミステリートンネル、静岡のレインボーブリッジとも呼ばれる奥大井湖上駅などを訪問し、奥泉駅前の民宿に1泊した。2日目は井川線の終点まで行き、かつて存在した井川線の廃線跡である「廃線小路」を探訪した。
その日は寸又峡の民宿に泊まるため、井川から奥泉まで戻ってきた。夢の吊り橋に向かう前日のことである。
(大井川鉄道と路線バスの時刻表は、こちらの公式サイトに掲載)。
奥泉駅に到着したのは、午後の遅い時間だ。駅をでて、すぐ目の前にあるバス乗り場への階段を上る。山間の日暮れは早く、もう日がかげり始めている。
駅前には広いロータリーがあり、大型バスなども駐車できるスペースがある。
バス停のすぐ横には、妙な建物がある。よくよく見れば、トイレだ。
ロータリーの中央に、記念碑のような銅像がある。近くの説明板をみると、どうやらこの地は下開土(したのかいと)遺跡で、昭和26年に発見されたようだ。
それでようやく納得。トイレやバス停など縄文時代をイメージしたデザインというわけだ。
ただ、せっかく兎をしとめて誇らしげなお父さんを、家族の誰も(犬ですら)注目していないのがちょっと寂しい。
やがて、寸又峡行の大型バスがやってきた。乗車時間はわずか30分ほどなのだが、くねくねした山道を大型バスの運転手さんの絶妙な運転さばきをこれから堪能することになる。
☆掲載した情報は2019年11月時点のものです。現地に行かれる際は最新の情報をご確認ください。