2026年8月28日の朝、TVのニュース番組から流れてきた音声に、ながら聴きしていた私の手が止まる。
トランプ大統領が、オンタリオ湖を「アメリカ湖(Lake America)」に改称する大統領令に署名した…とアナウンサーが原稿を読み上げていた。
オンタリオ湖の名前を変える?本来ならさほど気になるはずもないセンテンスが、妙に胸をざわつかせた。
数秒後に、その理由がわかった。
私、この湖の記事を書いたことがある! (正確に言えば、オンタリオ湖にある灯台の記事)
そのことに気が付いたからだ。

5年前、米国在住のおさななじみが「これが大学のある町にある灯台です」と、土木好きな私のために動画リンクを送ってくれた。灯台の立つ場所は、オンタリオ湖の南岸、ニューヨーク州オスウェゴだ。強風にあおられた波しぶきと赤い屋根の灯台の立ち姿が印象的で、湖にも灯台が必要な理由を、激しい気象状況が雄弁に物語っていた。
オンタリオ湖は五大湖の一つで、北岸はカナダ(オンタリオ州)、南岸はアメリカ(ニューヨーク州)という国境に位置する。東西約300km、南北の最大幅は約85km。東京から名古屋までの直線距離が260kmだから、湖というにはあまりにもスケールが大きい。
その湖の名前が、大統領令で変わるという報道がなされた。それが今朝の出来事だった。
何が起きたのか
2026年8月25日。米カナダの関税交渉が決裂し、互いに報復関税を打ち合う中で、トランプ大統領がSNSにこう投稿したのが事の発端だ。
「米国はオンタリオ湖の名称を『アメリカ湖』に変更することを真剣に検討している。オンタリオ州ともはや多くのビジネスをするつもりはないからだ」
さらに、「オンタリオ湖にバツ印をつけ、金色の文字で『レイク・アメリカ』と記入した地図も投稿した(AFP報道より)」と内容はエスカレートする。
そして2日後の8月27日、大統領令が発令された。内務省と地名委員会に対し、30日以内に連邦政府の地名データベース(GNIS)を更新し、政府の地図・文書から「Lake Ontario」の表記を消すよう指示する内容である。
ちなみに、GNISとは何か。
GNIS(Geographic Names Information System)は、米内務省の地質調査所が運用する連邦政府の地名データベースで、国内100万件以上の地形・地物の公式名称を収めている。日本の国土地理院による標準地名に近いが、連邦法に基づき政府機関への拘束力がより明確な仕組みで、いわば「地名の戸籍簿」のようなイメージだ。
トランプ大統領が主張する改称の理由が、なかなかすごい。
“With the deepest parts of the Lake’s waters lying within United States territory, the United States claims most of the Lake’s volume.”
出典URL(ホワイトハウス公式):
https://www.whitehouse.gov/presidential-actions/2026/08/honoring-the-american-history-of-the-great-lakes-and-renaming-lake-ontario-as-lake-america-3a36/
「オンタリオ湖の最深部が米国領内にある。だから、米国は湖の水量の大部分を自国側が占めると主張している」というのである。今朝、TVニュースで聞いたときは何かの冗談かと思ったが、どうやら真剣にそう主張しているようだ。
さらに大統領はこう続けた。
The Lake has long been an integral asset to American exploration, settlement, commerce, and defense. From the colonial period through the early republic, the Lake served as a critical artery for American trade, commerce, and military logistics, including the establishment in Oswego of a historic fort and the first United States port of call from the St. Lawrence Seaway ——(以下略)
出典URL(ホワイトハウス公式):
https://www.whitehouse.gov/presidential-actions/2026/08/honoring-the-american-history-of-the-great-lakes-and-renaming-lake-ontario-as-lake-america-3a36/
「この湖は長きにわたり、アメリカの探検、入植、通商、防衛にとって不可欠な資産であった。植民地時代から建国初期にかけて、湖はアメリカの貿易・通商・軍事物流の重要な動脈であり、その中にはオスウェゴにおける歴史的な砦の建設と、セントローレンス海路からの合衆国最初の寄港地としての役割も含まれる」
奇遇にも、ここで「オスウェゴ」という地名が登場する。そうあの灯台のあるオスウェゴだ。オスウェゴは歴史ある港町で、現在は人口1万7千人ほど。州立大学に多くの学生が通う大学の町でもある。冒頭でリンクを貼った「【湖の灯台】オスウェゴの灯台 」の中で、10月に撮影されたオンタリオ湖の映像がでてくる。冬になればオンタリオ湖を渡る風が雪をもたらし(湖水効果雪:lake-effect snow)、全米有数の豪雪地となるのだ。
ちょっと話が横道にそれちゃうけど、探検ウォークしてみない?としては、この「湖水効果雪」の解説図解を載せたい。というか、本当はこっちが本筋なのかもしれないけど。

こういう厳しくもどこか美しい自然の営みを前にすると、湖の最深部がどうしたこうしたなんてことは、何の論点にもならない気がするのはまったくの私見である。
400年前から
こうした状況を受け、カナダ側の反応は複数報道されているが、日本時間8月28日(現地時間8月27日)にカナダのカーニー首相がXに投稿した内容を紹介したい。
カーニー首相の投稿内容は、シンプルだ。
「Ontari’io の意味は『湖は美しい、湖は大きい(the lake is beautiful, the lake is big)』。この名前は400年以上前から使われており、カナダ連邦の成立よりも、アメリカ独立宣言よりも古い」
出典:マーク・カーニー・カナダ首相の公式Xアカウント @MarkJCarney より
つまり、トランプ大統領の言う「植民地時代から」に対抗するように、「400年以上前から」と時間軸の長さを返している。
『オンタリオ(Ontari’io)』という言葉の語源をたどれば、この地域に住んでいたイロコイ語族の先住民の言葉に由来する。
Xの投稿で、カーニー首相はウェンダット族(ヨーロッパ人が『ヒューロン族』と呼んだ人々)の言葉 Ontari’io を挙げたが、モホーク族の言葉とする説もあり、意味も『美しい湖』『大きな湖』『輝く水』と訳に幅がある。
いずれにせよ、17世紀、フランス人宣教師たちが現地の呼び名を聞き取って記録したのが文書上の初出。つまり『400年』は書き留められてからの年数であって、名前そのものはさらに古から伝承されてきた言葉なのだ。
Google Mapsはどうなる?
大統領令の効力は米連邦政府の公式利用に限られる。カナダにも国際機関にも、そして民間の地図会社にも強制力はない。そのうえで、私たちが日々眺めるGoogle Mapsはどうなるのか。
2025年の「メキシコ湾→アメリカ湾」騒動は記憶に新しい。当時の状況を時系列に書き出してみる。
| 2025年1月20日 | 就任当日、大統領令『アメリカの偉大さを称える名称の回復』に署名。 メキシコ湾の『アメリカ湾』への改称と、先住民の言葉に由来する北米最高峰デナリの『マッキンリー山』への改称を、あわせて指示した |
| 2025年1月27日 | Googleが「GNISが更新され次第、速やかに変更する」と方針を予告 |
| 2025年2月10日 | 連邦のGNISが正式に名称変更 |
| 同日 | Googleはそれを受けてマップの表示変更を発表 |
みての通り、前回は大統領令から3週間で地図が変わった。
Googleは、連邦データベースGNISの更新を受けて表示を変更したが、全世界一律ではない。米国内のユーザーには「Gulf of America」、メキシコ国内では「Gulf of Mexico」、そしてそれ以外の国—、例えば日本から見ると、両方を併記する表示になった。
同じポリシーが今回も適用されるとするなら、数週間後のGoogle Mapsには、Lake Ontario(Lake America)のような表示が現れる可能性がある。
ただし、本稿執筆時点(2026年8月29日)では、Googleはオンタリオ湖の表示方針をまだ発表していないし、「湾」と「湖」で同じ基準が使われるのかも、わからない。
*
さて、こちらはGoogle Mapsの表示画面だ。この地図は常に『いま』を表示している。
2026年8月29日現在、地図の名前は確かに「オンタリオ湖 Lake Ontario」と表示されている。あなたの目の前の地図には、なんと書いてあるだろうか?
地図とは、誰かが「こう呼ぶ」と決めた結果の積み重ねである。そしてその積み重ねの最下層には、数百年前に湖畔に立った人々の「Ontari’io——湖は美しい」という言葉が、いまも湖のいちばん深いところに沈んでいる。
【追記(2026年8月30日)】
記事を公開した翌日、この記事の冒頭に登場した動画を5年前に送ってくれた、米国在住のおさななじみから返事が来た。「送っていたらきりがないほど、たくさんの投稿が出回っているよ。大変な反響です(笑)」。そして、ひとこと。「改名に賛成している人なんていないよ」。
彼女が送ってくれたもののひとつが、カナダの情報発信アカウントが作ったインフォグラフィックで、見出しは「SORRY, IT’S STILL LAKE ONTARIO.(ソーリー、まだオンタリオ湖です)」だった。攻め方が本稿とほとんど同じで、少しうれしかった。要点を私なりに3つにまとめておく。
ひとつ目は、名前の来歴。カナダ政府のサイトは、Ontarioはイロコイ語の「kanadario」に由来し「きらめく水」を意味すると説明している。カーニー首相が挙げたのはウェンダット語の「Ontari’io」で、どの言語に由来するかは資料によって分かれるが、イロコイ語族の言葉であるという点では一致している。1641年に北岸の土地を指す言葉として記録され、1688年のフランスの地図に「Le Lac Ontario」と載り、1783年のパリ条約で湖の上に国境が引かれ、1867年に新しくできた州が、すでにあった湖の名前をもらった。順番が大事で、湖の名前は国境よりも州よりも先にあった。
出典:Natural Resources Canada「Origin of the names of Canada and its provinces and territories」
https://natural-resources.canada.ca/maps-tools-publications/maps/geographical-names-canada/origin-names-canada-its-provinces-territories
出典:ICT News(2026年8月28日)
https://ictnews.org/news/trump-calls-for-renaming-lake-ontario-to-lake-america/
ふたつ目は、今の湖岸線は最新版に過ぎない。約1万2500年前、氷床の後退によって形成された氷河湖イロコイは、トロント周辺では現在のオンタリオ湖より数十メートル高い水位にあり、その古い湖岸線は今も崖や段丘として陸上に残っている。湖が1万年、名前が400年、国境が240年。時間軸の長さからいえば、ヒトの文明はごく最近のことだ。(これ以上は言及しない)
三つ目は、水の行き先。エリー湖からナイアガラ川を経て入った水は、オンタリオ湖を西から東へ横切り、セントローレンス川を通って大西洋へ出ていく。五大湖のなかで、海へつながる出口を持つ『最後の』湖だ。大統領令がオスウェゴの砦とセントローレンス海路を持ち出したのは、この湖でしか成り立たない話ではある。ただし五大湖のうち全体が米国内にあるのはミシガン湖だけで、残る4つは湖上に国境がある。オンタリオ湖にいたっては、面積の約半分強はカナダ側だ。なぜこの湖だけが名指しされたのか。地図を眺めていると思うところはあるが、本稿の守備範囲を超えるので、問いだけ置いておく。
出典:Wausau Pilot & Review(2026年8月26日)
https://wausaupilotandreview.com/2026/08/26/trump-renaming-lake-ontario-the-iroquois-name-predates-the-province/
おさななじみの「賛成している人なんていない」は、少なくとも彼女の周囲で感じられている率直な温度なのだと思う。GNISの更新と、Google Mapsの表示がどうなるかは、引き続き見ていく。

コメント