蓋井島灯台の全体写真は撮れず、成長した草や木のせいか

 

ナギヒコさんから寄稿していただいた記事です

到達:2026年5月
難易度:■■■□(中級)

蓋井島灯台(ふたおいじまとうだい、山口県下関市)は全体写真がうまく撮れなかった。先人のみなさんはちゃんと撮れているのになんでだろう? 草や木が成長してしまったからか。5月中旬では遅かったようだ。

 

関門海峡の西側付近(響灘)にある灯台は次の6基で、そのうち3基が根元まで行ける。

(国土地理院)

六連島灯台と妙見埼灯台は探検済みなので、残る蓋井島灯台に向かった。

 

蓋井島への船が出るのは、JR山陰線吉見駅の近くにある吉見漁港だ。乗り場のすぐそばに、無人有料駐車場があるので、備え付けの封筒に車両番号を書き駐車料金(400円)を入れて投函する。

待合所は少し離れた吉見漁港公園にあり、その裏にトイレがある。

吉見港A防波堤灯台の横を通り、蓋井島に向かう。蓋井島は写真よりもっと右方向なので写っていない。

写真を拡大して初めて気づいたが、小さく灯台が写っていた(写真左端)。大藻路岩灯台(おおもじいわとうだい、福岡県北九州市)だろう。写真中央は、石油備蓄基地のある男島(白島)だと思われる。

30分ほどで蓋井島に到着。

灯台は島に着く前から見えているし、港からもよく見える。

とはいってもまだ遠い。海岸沿いの舗装道を進む。

が、すぐに行き止まりになり、つづら折りで斜面をのぼっていく。

5回目の折り返しのところに「金比羅さん 灯台 草.虫.注意」という小さな案内板がある。木の枝や草が伸びて暗がりになっていて、はいっていけるのか、と思うほどだ。

はいってしまえば暗いというわけではないが、草木は迫ってきている。コンクリートか石の段がつけられている。

道はしっかりしているが、通りにくいところはある。

それよりもクモの巣がやっかいだ。細い棒を拾って振り回し、露払いのようなことをしながら歩いていく。

人為的(崩れ防止)なものか、ころがってきたのかはわからないが、ときどき路面に大きめの石がある。それにけつまずきそうになるから、路面をしっかり見ていないといけない。つかまれそうな枝はあまりないし、軍手を持ってきていなかった。

足元の草は気にしないでいくしかないが、路面の石には注意しないと。なんだか先が少し明るいぞ。

前に階段が見えてきた。

右にはしっかりした石垣がある。

階段をのぼったところに門があるが、トビラのカギはかかっていない。あるときから敷地内に入れるようになったらしいのでトビラを開けて中に入るが、あたり一面の草にじゃまされる。敷地の奥も草だらけだ。

 

それでもなんとか蓋井島灯台に到着。港から15分ちょっと。

初点灯は1912年(明治45年)7月。味わい深いこの銘板が残っているということは、改築などはされていないということだろう。

敷地の奥は退息所(官舎)があったと思われる敷地で、太陽光パネルが並んでいる。太陽光発電をしているほかの灯台より、パネルがずいぶん多い感じだ。

先人のみなさんの写真を見ると、灯台全体を写すには、パネルより奥(写真左方向)に行かないといけないようなのだが、ちょっと踏み込む気にはなれない草むらだ。もっと早い季節に来ればよかったのか。それともときおり草刈りがなされているのか。

コンクリートが露出している地面が狭い。海側もこんなだ。そしてハチが一匹、侵入者の様子をうかがうように近くをずっとホバリングしている。

仕方ないので、できる範囲で灯台を写す。苦しい…。

ハチも迷惑だろうから、そそくさと撤収することにした。金比羅山にのぼると、灯台が上から見えるようなので、そっちに期待する。

 

門の外の階段をおりたあたり、左にのぼっていく道がある。右が港から来た道だ。

この道もだいぶ草に侵蝕されている。

ほどなく(1番目の)鳥居に到着。手前(木の影)に、「灯台←」「金比羅さん→」という案内板が下に置いてある。

金比羅さんへは鳥居をくぐって、さらにのぼっていく。息が苦しい。

灯台から10分ぐらいで、2番目の鳥居(写真右端)に着いた。ちゃんとコンクリート舗装されている。

上の写真の左寄りに見えている、平べったい島が藍島(最高地点で海抜約25m)だろう。次の写真ではほぼ中央が藍島で、その左のやや高い島が六連島(最高地点で海抜約100m)と思われる。

とすれば、このへんに灯台が見下ろせるはずなのだが、見えない…。

そのときは「見えないや」とあきらめてしまったが、後日写真を拡大してみたら、灯籠の先端がちょっとだけ見えていた!

結局、ちゃんとした灯台の全体像の写真はどこからも撮れなかった。灯籠がちゃんと見えるのは、港から撮った遠景だけだ。

2019年11月撮影の写真では灯台の敷地全体が余裕で見えているし、2023年4月撮影の写真では付属舎を含めた灯台がギリギリ見えている。2024年12月撮影の写真では灯台が葉が落ちた枝の向こうだ。枝が伸びてきているのかもしれないが、まだ冬なら見られるのではないだろうか。

灯台よりも左には、港が見える。静かな、離島ならではの景色で心がなごむ。向こう側は乞月山(こいづきやま、標高149m)で、こちらの金比羅山(標高148m)とほぼ同じ高さだ。

せっかくここまでのぼったので、金比羅さんにごあいさつする。祠は左の灯籠の向こう側にある。

その右横を通り抜けると、そこが山頂のようだ。草しかないが。

ここには1951年(昭和26年)から1967年(昭和42年)まで、灯台の電力をまかなうための風力発電装置があった。なかなか進んだ取り組みだったが、ちょっと早すぎたか。

 

港までのあのハードな道を引き返すのか、と思いながら、1番目の鳥居までおりてきて気がついた。鳥居の右に来ているのは舗装道路じゃないか。つまりクルマで来られるということで、この道を行けば傾斜が緩いし歩きやすいはずだ。

これまで歩いた(とこれから歩く)経路(赤い線、時計回り)を見ていただこう。国土地理院の地図には、金比羅山の記述がない代わりに「風車発電機跡」の文字がある。

(国土地理院)

「1番目の鳥居」から右上(北東)に向かう道を行くことにしたのだが、このときこの地図は手元になかったので、ちゃんと港に帰れるのか、行き止まりではないか、道に迷って船の時間に遅れないか、一抹の不安があった。

途中はずっと舗装が続き、傾斜もほとんどないので歩きやすい。ただ、GPSマップを見るとだんだん港から遠ざかっているのがちょっと気がかりだ。

そのうちGPSの現在位置は徐々にエミュー牧場に近づき始め、1番目の鳥居から10分後、分岐点にたどり着いた。

反対に港からのぼってきたら、ここで左に分岐する。まあこのルートで灯台に行く人はいないだろうが。

 

エミュー牧場にはエミューが2羽いた。人間の皮脂に近い成分のエミューオイルがとれるらしい。

無事港に戻れた。猫がいた。

あらためて灯台の方向を見る。このあたりをずっと歩いてきたんだな、と感慨深い。

非力なコンデジで、灯台をズームしてみる。ちょうど太陽が逆行位置になってしまい、イマイチな写真だが、灯籠がちゃんと見えるのは結局これぐらいだった。

右寄りの平らな島が藍島、左寄りの島が六連島、中央が下関の市街。もっと晴れ渡っていたら、大藻路岩灯台がちゃんと見えるだろう。六連島灯台はこっちの方向からはおそらく見えない。本州や九州の山なみも見えるので、離島とはいえ、本土から切り離されているという印象は受けない。

灯台の写真はうまく撮れなかったが、難易度中級の灯台、自然豊かな山、落ち着いた離島の港などが、十分堪能できた。

 

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